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大陸性ステップ 旅と音楽。

旅や音楽の記録。

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訓練所での毎日

訓練所での毎日

5:30 起床
5:45 喫煙
6:20 集合
6:30 点呼 国旗掲揚 ラジオ体操
7:20 朝食 身支度(ワイシャツとスーツ)
8:45 午前授業開始
11:45 昼食
13:00 午後授業開始
15:00 各種講座受講
17:00 講座終了
17:45 夕食
19:00 自由時間(外出は不可)
21:00 風呂
22:30 消灯

19:00から寝るまでは外出不可とはいえ自由時間なのだが、実際には語学の自習、宿題をしたり、班活動や自主講座の準備をしたりといった用事が入っていて、洗濯や靴の手入れの時間も入れるとあまり自由時間という感じはしない。特に私は駒ヶ根にいる5名のコンピューター隊員の一名なので、二度の自主講座が控えていて、割と忙しいです。

今日の講座はJICAの協力隊事務局長のお話と、ボランティアとはなんぞや?というディスカッションをチームで行った。私の見解では、ボランティアというのは豊かな人が私財の一部を使って、途上国に人的リソースや技術、お金の提供を行うこと。私のような技術があってお金が無い人は本来ボランティアをすることができないけれど、JICAの事業により生活費がサポートされるおかげで、私という人的リソースを提供することができる。そこの見解が、個人個人で非常にばらつきがあったのが興味深かった。もちろん、それは差異があってしかるべきで、統一すべきことでも無いと思っている。

さてさて、今日は夕食後に何もなかったのでついつい眠ってしまいこれから宿題と自習です。
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駒ヶ根での出会い。

私のことを知っている人なら、私がそんなに協調性とか社交性のある人間じゃないことはわかっているだろうけれど、やっぱり知らない100人以上の人といきなり共同生活をするのは不安だった。特に、知らない人と話をしないといけないのがストレスになりはしないか、とか。

蓋をあけてみたら割りと、私はすっかり抵抗なく知らない人々と話をしている。別に自分がスキルを上げたわけじゃなく、彼らは少なからず元々海外に目を向けている人が多く、加えてそれぞれ専門分野を持つプロフェッショナルで、論理的に語れる分野があるからだと思う。

特に農業や体育など、自分とまったく違うプロフェッションを持つ一回りくらい若い人と話すのが楽しい。普通にITで会社員をしていたら出会うことのなかった植林の専門家とか、農業の人とか、ノリの良い柔道の人とか。

農業隊員でベナンへ派遣予定の不思議な感じの女の子と話をした。南半球で南の星座を見るのが楽しみとのこと。ベナンでは女性が表で喫煙するのは良くないこととされているんだって。ベナンってところでどこだろう?


駒ヶ根の感想。

今回、駒ヶ根で二ヶ月間共同生活をする同期隊員は150余名。下は21歳から上は69歳まで、老若男女がひとつ屋根の下で住む。恥らうような年齢でもないのでいろんな人と積極的に話しをしている。ここに集う人々は、たとえ新卒の若い人でも必ず何かの専門家なのに加えて、それぞれが赴任予定国の情報を収集してきているので、話題が本当に面白い。それに、ともに未知の言語を学ぶ仲間という連帯感がある。来るまでは2ヶ月間24時間の共同生活に不安があったけれど、意外とひとりの時間も見つけることができるので、辛くない。ひとによっては、孤独が苦手な人もいるだろうが、私はむしろ時々孤独を享受しないと辛くなってしまうのだ。

喫煙所の前に、いまにも咲きそうなソメイヨシノが一本あり、朝は南アルプスと桜を眺めながらタバコを吸ったりしている。

駒ヶ根にやってきた。

駒ヶ根の日々、スタート。

やってきました駒ヶ根。

ここにくるまでは、不安がいっぱいで体調も悪かったのだけれど、なんとか初めての休日まで漕ぎ着けた。まるで経験したことのない共同生活、知的な人たちとの出会い。これまでとぜんぜん違う経験をしている。

10日火曜日に駒ヶ根入りして、夜には駒ヶ根ユースホステルで開かれた前夜祭に行ってみた。若い女性隊員たちがたくさん。彼らの職種は音楽、看護、助産師、教師などさまざま。行く先もさまざま。そして、同期でウズベキスタンに派遣される隊員ともはじめて対面した。この前夜祭に参加したのが、のちのち大変役に立つことをこの時はまだ知らない(笑)

訓練所での暮らし。

朝6時起床、6時20分には集合して、赴任予定国(任国)国旗の掲揚、ラジオ体操、運動をする。朝食と身支度をして、8時45分より15時まで語学クラス。15時からは各種講座が開かれる。17時にクラスと講座が終わり、夕食。夜はまるまる自習時間の筈だけれど、日直や当番などの用事があるので、そんなに自由でもない。私の場合はPC隊員なので、ほかの隊員のPCを見たり、メーリングリストや共有サーバをメンテしたり。自習して風呂など済ますと22時30分で消灯時間になる。ちなみに、19時以降の外出は認められていないので、平日は訓練所から出ることは無い。授業や復習、宿題が常にあるのでSNSなどをする時間が無くなった。

プチ旅行へ。

4/3 - 4/5
ぷち名阪旅行

3日は爆弾低気圧が日本列島を覆うとかで、一応バスの切符を予約してあったけれど、ちゃんと走るかわからなかった。東名江田インターまで父に送ってもらって、定刻にバスに乗る。その際、https通信がうまくできず、WEB乗車券ていうのを取得することができなくて焦った。決済済みの予約詳細画面を見せて切り抜けたけど。二階建てバスの二階の最前列で気分良かったです。

爆弾低気圧に向かうように西へ行くものだからビクビクしていたけど、普通の雨風でちょっと安心。順調に西へ。名古屋に近づくにつれてだんだん風が強くなってきた。豊川のあたりで桜がだいぶ咲いていたのが印象的。

名古屋についた。突然の暴風雨。自販機の空き缶入れなどが道路をすごい速さで飛ばされていく。とても歩けないのでホテルまでタクシー。前が見えないほどの雨だった。夜は名古屋の友とワイン四本飲んだ。飲みすぎ。。

翌朝、近鉄特急で難波へ。アーバンライナーっていう特急に乗ると大阪までノンストップで二時間。早い速い。喫煙ルームもあってサービス上々。梅田へ移動した。

高校の先輩と20年ぶりくらいに待ち合わせていた。時間になって対面。すっこしも変わってない。めがねも、赤いリュックも昔のままで、なんだかおかしかったです。色々と、ウズベク、ロシア方面の話を教えてもらえて良かった。ただ、二日酔いでちょっと胃がおかしかったので早々にホテルに帰る。帰ろうとしていたら大阪の友達から連絡があってそっから少しまた飲みました。

4/5は、昼を食べて新幹線で帰京。大阪から二時間強なんて、すごいね。赤福ありがとう。

印象的だったのは、ドイツの学費が安いって話と、日本の大学はやめたほうがいいって話。二年後のことをやっぱり考えてしまう。

ロッシアの歌。Русский

4/5 ロシアのロック。

私は、中学生の頃から洋楽をガンガン聴いていて、だいぶ英語の上達に音楽が貢献しているので、今でも、学ぶときにはなるべく音楽やビデオを見るようにしている。今度ロシア語をやるにあたって、ロシアの音楽を聴いてみたいのだけれど、どうも、TaTu(だっけ?)とかしか知らないので、困っていた。

Виктор Цой
http://t.co/0EINDD2f
朝鮮系ロシア人のロックシンガー
不幸にも若くして交通事故で亡くなっているそう。

Высоцкий
http://t.co/GhNggAtX


http://t.co/rT7NLsKU


これらは、大阪在住の先輩でロシアエキスパートのAさんに教えていただきました。

役所などいろいろ!。

4/2

まず桜上水へ薬を買いに。それから府中でハロワと郵便局、調布市役所で転出手続き経由、つつじヶ丘で靴の引き取り、新宿でスーツ引き取り~ クタクタ。

四月頭だから転出手続きが20にんまちで、待合室が溢れてた(>_<) 時間があったらプールに寄りたかったけどちょっと無理。

青葉区に戻って、あざみ野の行政サービスセンターに行ったけれど転入手続きはできず、市ヶ尾の区役所を目指すも、私の知ってる場所には区役所は無く、へとへとで移転した区役所へ。手続きで父親の生年がわからずに往生したり、両親の保険種別がわからなかったりして。結局、免許証の更新はできなかった。残念。

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自己紹介

自閉な子供→ヒッピー→フリーター→IT会社員→ウズベキスタンで協力隊→無職→近所に就職。今後はたくさん旅をします。ときどき音楽の話題も。

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