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大陸性ステップ 旅と音楽。

旅や音楽の記録。

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Spending All My Time

無人島に10曲持っていけるとしたら絶対これ入れる。


ところで、最近PerfumeのSpending All My Timeがいいなと思って、話題にしてたら、

「なんで二年前の曲をいまさら話題にするの?」

と思うような人もいるらしいので書いておくと、

二年前の曲が今話題になるのがおかしいならなんで毎年年末になると第九みたいな数百年前の曲を歌う一団がいるの?とか
(※あとで確認したら第九って100年前だった。モーツアルトさんすいません。クラシックの曲ってわりと新しいんですね)
なんで毎年の紅白で数十年前の曲を歌う人がいるの?

とか思います。

いい曲は何十年経ってもいい曲だし、いつ話題にしたっていいし、

日本で2012年に話題になった曲は、日本以外では一切話題になってないわけだし、何年経ってから紹介したっておかしくないし、

もっとも日本みたいな消費社会だと二年前の曲なんてさっさと忘れてくれないと新しい曲が売れないわけだし、そういう考えを持つ人がいるのは別にいいけど、自分はそういうの勘弁かな。


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エークン

動かないルーターをあれこれテストしながら、暇になった助手A君が、いつものようにただの憶測で、頓珍漢な提案(サーバーを再起動したらどうか、とか、いつもそればっかり!)を連発するので、私もいつものように二度ほどぶちきれたのですが、A君はすっかり私のヒステリーにも慣れているので、逆切れしないばかりか、はいはい、などと言ってその場でごろ寝しはじめたり、彼女に電話したりするので、この人、意外と相性がいいのかも、と思いました。
 
焦ったときの私のヒステリーにいちいち逆切れするタイプの人だときっと大変だったと思います。
 
機密情報を紙に印刷して配布しようとしたり、まったく調べないで憶測で毎回提案してきたり、いちいち手順を聞かないと何もできなかったり、エンジニアとしてはかなりアレなんだけど、嫌だ嫌だと思いつつ結局いつも一緒に仕事したので、一番親密になってしまいました。感謝しています。

ハード一期一会

今回書くことは、私の独断、偏見で、ウズで二年間働いてみた感想です。
 
ウズベキスタンでの仕事は、風まかせ。いい風が吹いてくるのをいまか、いまかと待っていて、いい風が吹いてきたときに、その場にいる人が、えいやっ!と取り掛かり、一日で終わらす。そして終わったら、すっぱり忘れる。
 
だから準備とか予定なんてシャラくらいことはしないし、後になって振り返ったり反省もしない。
 
コンピューターエンジニアも、緻密に準備してなんかするタイプの人じゃなくて、その場で偉い人の質問に即答して、その場でチャッチャッとなんでも直したり、作ったりする人が喜ばれる様子。当然、それだと仕事は粗くなるし、いい加減なこと言ってたりするけど、なによりその場で即答するっていうことのほうが大事。
 
「いい風」が吹いてきたときに、「その場」ですぐ済ます。刹那的で、ハードな一期一会みたいなもん。
 
注文した機器が、入荷まで1年かかったりするのだもの、そりゃ予定立てられないし、入荷したままちんたら持っておけば誰かに取られちゃうかも知れないのだから、さっさと導入して既成事実を作ってしまおう、っていうことなのだろうなあ。
 
それは、日本での仕事の仕方とは違うけど、ここの人たちは昔からそんな風にやってきているのだろうから、それは変えられないものなのだと思った。

活動終了の前日

5月の旅行でブハラへ行けなかったので、6月のどっかの週末にでも行けないかな、と思っていたのだけれど、じつは待ち状態の仕事が一つあって、それがいつになるか予定が立たなかったので、心配で旅行の予定を入れられませんでした。
 
機器が入荷すればすぐに取り掛かって、終わらすつもりでいたのに、私はその機器が入荷するのを、4月ごろからずっと待っていて、
 
今月中には入る、
今週には入る、
やっぱり入らない、
君が旅行から帰る頃には入ってる、
やっぱり入ってない、
来週には入る、
やっぱり入らない・・・
 
のループのまんま、当地で仕事する最終週になってしまったのです。
 
私としては、もうその仕事はできないから、現地の助手に引き継いでいきましょー、と思ってたのですが、なんと、金曜日、活動終了前日に、機械屋のお兄ちゃんがやってきて、入荷したのでした。
 
まさか頼まないよね、と思ったら、「お待たせー」みたいにモデムと、ルーターと、アクセスポイントを持ってきて、「今日中に導入終わらせてね」と言うので、目が点。目が白目。少女マンガだったら目が白く描かれているところ。
 
ないわーー!
 
・もうノートPCとか必要なもの片付けちゃったし
・引継ぎ資料もまとめた後で
・あと1日しかないのにトラブル起きたらどうやって直すの(しかも機器の型番が今までのと違う)
 
思わずオカマになって「最後の一分一秒にいたるまで働かせようって魂胆なのね、そうなのねェーー」て叫びだしそうに。
 
ところが当の本人は「たのむねー」とだけ言い残し、どっか行っちゃうし、助手は目の前で待ってるし、しょうがねえ。
 
たしかに、機器がそろえば一日で終わる、と私は言ったけど、それはちゃんと前後に余裕があるときの話で、活動終了前日なんて、もう挨拶まわりとか、データ消去とかしてる時期だろ、とかぶつぶつ言いながら病院の新ビルへ。
 
こちらのADSLの開通は、User/Passをくれるだけじゃなくて、Modemを設置してから、ISPへ電話して、仮パスワードから本パスワードに切り替えるという面倒くさい手続きがあります。しかも、開通センターはのんびりお昼休みをお取りになられるのです。その時、時間は1時少し前、助手がISPに電話するともうお昼休みですといわれ、無駄に二時まで待つ。
 
2時半頃にインターネット開通したものの、今度はVPNのコネクションが確立できなくて、あれこれ試した結果、どうも今回買った新ルーターはWANのPPTPが動かないらしいってことに。スペックシートでは対応になってるのに、マニュアルには記載がなくて、動かないとなると、メーカーに詳細を確認したりしないといけない。中国製ルーター嫌い。
 
メーカーに問い合わせが必要、でもそんなことしてる時間はねえんだよ!ということで夕方、引揚げてきました。夜はお呼ばれだったので。まだ強烈な、4時頃の西日の中をふらふらになって歩きながら、時間に余裕があればできたのに、と思うと無念で泣きたくなりました。私、ウズで仕事していて泣きたくなったの初めてですよ。
 
できないときはサッサと諦めて別の手段を考えるのが吉。業務終了日は代替手段を考えてマニュアル作って助手に引き継ぐことにしました。
 
使えるけど要らないものを、最終日にいろんな人にあげようかと思って、机に並べておいたのに、そんなことをしてる時間がどうやら無いので、バカバカしくて当てつけに全部ゴミ箱にぶちこんでやろうかと思ったけど、大人しく隅によけました。

開放感と寂しさと

土曜日に活動を終えて、日曜日は、なんだか疲れ果てていて、一日中寝てました。
 
そして今日は月曜日、もう仕事に行かなくていいのか、という開放感と、とうとう終わっちゃったんだな、という寂しさがMIXされているようです。
 
寂しさに関して。
 
協力隊になるのはけっこう大変でした。仕事は、協力隊になるにしてもならないにしても、辞めていたと思うけど、応募書類はすっごい多くて、作文を書いたりして、二度の面接でしょ、二ヶ月の訓練でしょ、とくに完治している喘息の既往症の、検査が厳しかったです。なんでそんなに??っていう感じ。PC関連職種は健康で不合格になることが多いと聞いたこともあります。
 
いろいろなプロセスで、~の場合には合格取り消しとなります、という文言が出てきて、12月くらいに書類選考を通ってからも、6月に派遣されるまで、心のどこかで「合格取り消しになるかも」とおびえてました笑
 
で、無事に派遣されてからは、短いですー。1年目は、わからない言葉にてんてこまいで、2年目はあっという間。
 
開放感に関して。
 
週休1日って、小学校以来だったので、9月に着任してからずーっと連続して働いていた気がします。普通は夏に2ヶ月くらいの休みを取るらしいのですが、私のボス若干ワーカホリックなので、昨年夏も休んでませんでした。で、私もなんだかんだタスクを与えられていたので、帰国していた2週間以外は休んでません。
 
ただ、一ヶ月の語学訓練を終えた8月から着任の9月までまるまる一ヶ月空いてたので、勤務日数的には他の隊員と同じくらいになるのかな。
 
業務を終えたらゆっくりハスティイモムを見たり、いつも急ぎ足で必要なものだけ買っていたチョルスーをゆっくり見て回ったり、したいなと思っていたのに、いざ時間が出来てしまうと、家でゆっくりするのもいいかも、など思ってしまって駄目ですね。
 
私は、休暇と用事で二度日本に帰国しているので、逆カルチャーショックみたいなものはもうすでに味わっているのだけれど、帰ってない隊員たちはどうなんだろう。やっぱり、豆腐とか豚肉とか出汁なんかに感動するのかもしれませんね。
 

活動終了

14日土曜日で、二年間の協力隊活動を終了しました。ぱちぱちぱち。
 
最終週は疲れました・・・
 
先週のフェルガナ往復の疲れが抜けないまま、今週は4回も人と会う約束があり、さよならディナーみたいなのを開催していただき、そのうえ、最終日の前日に機器が入荷して新しい小プロジェクトを開始するように言われたり(この件は別途書きます)
 
いやー、ふつう最終日の前日にそういう普通の仕事ふらないでしょー
 
でも最後の日は小規模なお見送りディナーをしてもらいました。どっかからお金が出てるような、豪華なディナーではなくて、ほんとにポケットマネー持ち寄りのディナーだったので、かえって暖かくて良いものでした。
 
お金払いたかったけど、受け取ってもらえないのがわかっていたので、少し早く職場を出て、あちこちプレゼントを買いまわってました。
 
ツムって評判は悪いけど、短時間で舶来のものをいろいろ、金に糸目をつけずさっさと買いたいようなときには、やっぱり便利かな、と思いました。
 
ソ連時代じゃあるまいし、バザールで同等のものをだいぶ安く買えるのはわかるけど、わざわざタクシー乗って遠くまで行って、目当ての店をみつけて、何軒も店をまわって値切って買うような買い方は大変ですよね。スローショッピング。
 
特に今回は7名分くらいのプレゼントを用意したかったから、バザールだとあっちの店、こっちの店めぐって一日がかりだし。

活動は終えましたが、帰国はまだ10日くらい先になります。これから、大使館へ表敬したり、面談があったり、最終的なJICAへの報告、送別会、別送品の出荷、などの用事があります。


コーカンドのノン(パン)

フェルガナ方面へ旅行に行きました。

帰りに、お土産のパンを買いました。



これ、大きさもさることながら(LPレコードよりひとまわり大きい)、重さがすごくて、多分500g以上あります。2枚で、1.5のペットボトルくらいかな。お店の人に手渡されたとき、あまりにも重くて驚いた。

食べてみると、ふくらし粉の全く入ってない、バターを使ったパンで、重いパイみたいな感じ。普通のパンの感覚で食べられないです。巨大で重いリッツってかんじ。

これはお土産になるなぁ。

あと、パンの中央の刻印を見て欲しいのですが、アクマルさんというお店の屋号と、電話番号が刻印してあります。

ご用命はこちらへ、という意味なのでしょう。

電話番号つきのパンって、世界でも珍しいのではないでしょうか。


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自閉な子供→ヒッピー→フリーター→IT会社員→ウズベキスタンで協力隊→無職→近所に就職。今後はたくさん旅をします。ときどき音楽の話題も。

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