ニシコリさん、すごく立派だったと思うのだけれど、私にはチリッチというファミリーネームが世界のどこかにあるのだ、というほうが面白かったです。だってチリッチですよ。
ひねくれてるかも知れないけど、ニシコリ選手という個人の栄誉なのであって、日本人の栄誉でも、日本人が立派なわけでもないと、まず思います。それから、13歳から米国に住んでトレーニングされていたということで、ということは、プレイヤーとしての彼は米国に育てられてるんだな、と思いました。
ところが、日本の新聞、テレビを見ていると、どうも日本人を強調しすぎな気がして、ちょっといやになるんですよ。マトリックスにおけるネオみたいな、まるで日本の救世主があらわれた、と言わんばかりの報道だから。
それから、視聴者の声みたいなもので、「勇気をもらった」「感動をありがとう」っていうのですが、それもちょっと勘弁。ニシコリ選手の試合を見るだけで、勇気が沸いて、今までできなかったことができるようになる?私はありません。あと、「感動をありがとう」って誰が言い出したのかわからないけど、感動って、「はい感動一丁どうぞ」って貰うようなものではないと思っているので、「感動しました。」でいいんじゃない?私は感動しませんでしたが。
新聞もテレビもシャットアウトしてしまったほうが、心がフラットを保てるでしょうかね。
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