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大陸性ステップ 旅と音楽。

旅や音楽の記録。

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床屋のオイベックさん

オイベック駅のそばの床屋に通っている。理髪師の名前もオイベック。この国にはオタベックとかオイベックとか、そういう名前が多いので、床屋のオイベックと呼んでいる。

ウズベキスタンに来て一ヶ月くらいの頃、床屋を探し回っていて、ちょうど家のそばに見つけた床屋がオイベックだった。始めは相場がわからず、言われたまま15000スムを払ったが、市場価格なら5000スム、街の床屋で7000スムくらいが相場らしい。相場より二倍くらいの金額を取られている。場所柄、外国人も多いエリアなので多少色をつけて請求したのかと思う。

カット自体は時間をかけて漉きバサミでシャギーな短髪に切ってくれて、旧ソ連風の角刈りじゃなかったのと、丁寧にマッサージをしてくれたりしたので、これならまあ、そのくらい払ってもいいか、と思った。実際に市場で5000スムで切ったとすると、たぶん前髪と後ろ髪を長めに残して一直線にそろえた、いわゆる旧ソ連カットになるはずだから。

それから3週間に一度くらいずつ彼に切ってもらっている。毎回毎回、高いとは思いつつ、一度その値段で払い始めてしまったばかりに、どうやってディスカウントさせたらいいのかわからない。床屋もそこらじゅうにあるわけじゃないので、遠くまで行くのは面倒だし、また新しい理容師にイチから説明するのも、面倒。

ただ、この人のカットはなんとなく、ムラがあって、妙に短すぎるときもあれば、長すぎるときもあり、ときにはわかわかしく、時には微妙に旧ソ連風味に切ってくれる。仕上げに整髪量を付けてくれるときもあれば、つけないときもある。たいてい、日曜の夕方あたりに切りにゆくので、整髪量を付けてくれないことが問題じゃないんだけど。

ところが先日の日曜日、最後に切ってもらったときは、鋏もつかわずに最初から最後までバリカンで整えてくれて、お寿司屋さんのような角刈り風旧ソ連カットにされてしまった。これなら、市場の中のカット屋さんでもできる仕上がりだぞ。技術料だと思って15000払っていたけど、これに15000は払えないぞ~。

というわけで、そろそろオイベックにボラれるのもやめにしようかと、そんな風に考えている今日この頃なのです。

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マイケルとジャネット

マイケルははじめての黒人のスーパースターだったと思います。


黒人としてのスーパースターになった後は、もっと高みを目指したと思います。ギタリストをフューチャーして黒人音楽にこだわらずロックしようとしたBlack or whiteとか。世界平和を歌おうとしたHeal the worldとかね。顔も白人(というか、イエスキリスト?)ぽくしようとしていたと思う。


同じ頃、Hip Hopが市民権を得てきました。マイケルが黒人音楽から離れてゆくとき、皮肉にも黒人音楽は黒人にも白人にも受け入れられるようになってきた。


そこに上手に乗ったのが妹のジャネットで、80年代は兄に追いつけ追い越せというノリでロック的アプローチのBlack catを出してみたりしていたが、90年代になって市民権を得始めたこてこて黒人音楽のフォーマットでリリースしたThat's the way love goesが大ヒットしました。


まぁ、それもJanetのアイデアというよりジミージャムとテリールイスのアイデアかと思います。ジャネットは、普通の女の子で、プロデューサーの調理しだいで何者にもなれるところが才能だったのだと思います。


兄貴は正反対で、どんなプロデューサーについてもマイケル色になってしまう。それは、天才の宿命だったのじゃないかとも思います。黒人音楽が誰にも受け入れられるようになって、マイケルもR&B的アプローチを試みたりしました。わざわざクリスロックをフューチャーしたYou rock my worldとかね。


でも大衆が求めているのはすでに神みたいなマイケルであり、世界を救うマイケルであり、いまさら黒人的アプローチに回帰したマイケルじゃなかったと、私は思っています。


マイケルはいかにも天才のように死んでしまって、ジャネットはいかにも普通の女の子らしく、結局アラブの富豪の妻になり、なんだか悲しいものよのう、と思いました。


ウズベキスタンの五月の野菜

今のウズベキスタンは、夏の野菜を買うには早いという時期。トマトもキロ5000スムするし、夏の間は小銭みたいな値段で売っているきゅうりもキロ2000スムする。

きゅうりが高いなら何かほかの野菜を、と思ってバザールを漂っていたら、ズッキーニが目に付いた。キロ1500スム。きゅうりよりズッキーニが安いんだ!

ということで、大量のズッキーニを買ってみた。

ところが、こういう洋風の野菜の調理方法が日本人の私にはよくわからない。

形状からしてつい輪切りにしてしまうのだけれど、5ミリくらいの輪切りにしても、炒め物にはどうも芯と皮が残るし。たぶん、韓国料理のジョンみたいに、衣をつけて揚げるなら輪切りでもいいんだけど。

硬い輪切りのズッキーニ炒めを食べつつ、皮をむいてさいころ切りにしたらこういう噛み切る苦痛が軽減されるかと思った。

8ミリくらいのさいころ切りのズッキーニはどんな味がしたらいいのだろう。

味噌は和風すぎて違う。しょうゆも駄目。ちょっとトマトで酸味をつける?いっそバターと塩だけ?

バターと塩!

直感でバターと塩と玉ねぎでいためてみた。隠し味にすこしだけ味の素。

少しだけ水を入れて蒸し煮にして、仕上げにバターを混ぜると、香りはいいし、片栗粉を入れていないのに、かぼちゃ由来のトロミがついて、うまい!これはビールに合うね。ひとかけらだけ入れたニンニクもいい仕事してる。




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高いといいつつ、トマトときゅうりも買った。トマトのざく切りときゅうりの輪切りと、新玉ねぎの薄切りを塩でちゃちゃと混ぜると、正真正銘ウズベク人のサラダであるところのアッチクチュッチクサラド(アッチッサラド)だ。昨年の夏以来はじめて作ったけど、

におい立つアッチッサラドの香り。ウズベキスタンのきゅうりとトマトと玉ねぎを少しの塩で混ぜるだけでどうしてこういう香りがするのかわからないくらい、どん臭いような懐かしいような、まどろんだ匂いがする。これにニンニクとかコリアンダーの葉を混ぜるとちょっとぶち壊しになってしまう。やっぱりこの、どんくさい匂いを楽しまないと、ウズくない。


厳密なヒムチスカの閉店時間

昨日、クリーニングに出して、今日は少し早めに帰ってきて17:45にヒムチスカ(クリーニング店)で洋服を受け取ることができました。

それから家に帰ってきて、おじさんが居たので少し立ち話をしてから、残りの洗ってないスーツと冬のダウンジャケットをまた持っていったのですが、店に入ったのが18:02でした。

「すみません、うちは18時までなんです」

えええーー!店頭には20時まで営業って書いてあるのに、18時までだったの?

「だってまだ18時2分でしょう ?だめですか?」

「駄目です、レジ閉めちゃったんだもの」

厳密すぎる。この国ってけっこう時間ルーズだと思うんだけど、閉店時間は厳密。

「じゃあ、お金置いていきますから精算は明日やってくださいよ」

と言おうと思ったら、

「ラドナ(いいよ)、会計は受け取りのときにしてくださいねッ!」

若干、しゃーねぇなぁ、といった風情で受け取ってくれたのでした。

よかった。融通きくじゃないですか。

名前を言わないウズベキスタン人

名前を言わないウズベキスタン人?

ウズベキスタンに来て一年、まだわからないこと、戸惑うことはたくさんあります。ひとつは、名前を名乗らないところ。

ロケーション的に、私のところに電話がかかってくることがあります。たいていはチーフ宛の電話なのですが、先日こういうことがありました。

先方「もしもし」
私「はい」
先「あなたは誰?」
私「イヤマですが」
先「シェルゾさんはいる?」
私「居ません」
先「法科大学に電話するように伝えておいてください」

ガチャ。

といって、電話が終わりました。

あとでやってきたシェルゾさんに、電話番号も名前も言わないのでてっきり知己の人かと思って、そのまま伝えたのですが、なんというか、まったく知らない、心当たりも無い人だったらしく、なんで名前も電話番号も聞いてくれないの?と不満な顔をされてしまいました。

知らない人が、そういう伝言をするならば、ちゃんと名前も電話番号も言って欲しいのですが、基本聞かないと教えてくれないのですよね。

よくある間違い電話の場合だと、かかってきて電話を取るといきなり「あんた誰?」と聞かれるので、しょうじき気分が悪いです。あんた誰、と聞きたいのはこちらです。

今日はまた別のことがあって、よく見かける事務員さんがやってきて、シェルゾさんにドキュメントを置いていきました。私は預かって、午後になってやってきたチーフに渡しましたが、「誰が持ってきたの?」とまた不満な顔でした。

これもよくわからなくて、ドキュメントっだったら発行元も内容も書いてあるのだから、誰が持ってきたなんてあまり重要だと思えなくて、たとえば事務員Aさんが持ってきた場合と、Bさんが持ってきた場合で、緊急度が変わるとか?

あとはこの場合ももしそんなに「名前が必要」なら持ってきた人がちゃんと名乗って欲しいって思います。受け取った側が聞くまで教えてくれないのはなんで?

なんか全体的に「用事のある側が優先」で、「受け取った側が気を使って」色々たずねたりしないといけない。逆じゃね?

どちらも、私がちゃんと名前を尋ねていればよかったんですが、どうも嫌な気持ちが残るんですよね。名乗るのはそっちだろ、って思って。

---

疑問は置いておいて、自分もなんで毎回名前だの電話番号を聞くのを忘れてるんだろう、そういうの得意だったのに、と考えましたが、ひとえに、言葉がわかんないっていうのがあります。言葉がわかんないから何言ってるか聞き取るのが精一杯で、もう用事を聞き取って100パーセント、それ以上の気を使う余裕が無いんですよね。

それと、エンジニアとして呼ばれてきていて、英語でいいって言われてふだんは英語しか使ってないんだけど、たまたま誰も居ないからしょうがなく書類預かったり現地語で電話受けたりしないといけないのも、そもそも何?って思うけど。おれ事務員なの?

あーむかついた。

来期はきちんと名前と電話番号聞きまくりますので。電話番号なんてロシア語でいわれても正直わかりませんけど。

英語の面接官などしました



小学校で英語を教えている友人の頼みで、英語の試験のお手伝いに行きました。英語の面接官です。

対象は11歳、5年生の生徒たち。試験は、ランダムに選ばせたプリントに英語の小文があり、面接官の前でそれを読み上げつつウズベク語の逐語訳を論述していくというもの。

狼に育てられている少年とか、家族の紹介とか、たまになかなか難しい動物の名前も混じっていて、内容はなかなか高度だと思いました。



生徒は英語を授業(週二回)で習い始めて1年目ということで、けっこうシンプルな単語も忘れちゃったりしていました(Parentsの意味がわからないとか)が、発音は大概の生徒がとても良かったです。ウズベク語の発音は難しく、LとRの別だけでなく、口蓋垂破裂音(?)といってのどの奥から出す音があるので、英語の発音はちょろいのかも。あとは英語独特な読み方(Herはひあーじゃなくてハーとか、Otherはオテルじゃなくてアザーとか)を覚えるだけなんだな、と思いました。

むしろ私がLとRの区別をきちんとしなければいけなかったのかも。

5人に1人くらいはとても優秀な生徒がいて、もうスラスラ読んでスラスラ訳せるレベル、質問への受け答えも待ち時間なし、ばっちり!でした。たぶん、日本の中学生のレベルより高い印象でした。ウズベク語は(現在は)ラテン文字表記なので、読みに苦労しないのも大きいのでしょうね。

現在は5年生から始まる英語クラスですが、国の方針により今後は1年生から英語教育を開始するそうです。


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30人くらいの面接が全員終わってお茶をいただいているときに、気になっていたロシア語クラスとウズベク語クラス比について聞きました。

ウズベキスタンの義務教育と高等教育(大学)ではかならず、ロシア語コースとウズベク語コースを選択できるようになっています。

今日訪れた小学校でもロシア語とウズベク語の授業を並行して行っているのですが、クラスの数は、

今の5年生の学年はウズベク語2クラス、ロシア語1クラス
でも、低学年1、2年生はロシア語が3クラス(ウズベク語のクラス数は聞き忘れ)

ということで、数年前に比べて、親が子供をロシア語コースに進めるケースが増えているそうです。(なお、旧市街の学校なのでロシア系の生徒は少なく、生徒は殆どがウズベク人。あくまで学校のコースわけでロシア語コースに進めるという話です)。

ウズベク人には母語のウズベク語があるのに、大半の生徒がウズベク語教育よりロシア語教育を選択しているのでは、母語が廃れてしまうのではないの?と外野としては心配になりますが、モスクワがウズベク人の主要な出稼ぎ先となっている現状では、子供が食いっぱぐれないようにロシア語で学ばせるという考え方も否定できませんね。

ただ、モスクワの景気が良くなったのもたぶんこの数年の話で、それに連動してロシア語で学ばせる親がここ数年で増えてきて、一方で国の方針としては英語を推してゆく(つまりこれからは英語を学ばせる親が増えるかも)・・・というのでは、ちょっとショートサイテッド(近視眼的)で、大人の意向や社会情勢に子供が巻き込まれて右往左往いるような印象も受けてしまいます。

個人的には、まずは小学校では母語をみっちりやるのが良いと思うのですが。母語の範囲を超えては外国語を理解するのは難しいし、詩人や小説家はウズベキスタンの誇りなのだし。などなど思いました。



(なお、今日のは個人的に依頼されて出向いたのでJICAの活動ではありません。休暇を取っていきました)

念願のヒムチスカへ・・



ワイシャツ 1枚9000スム(約4.5ドル)×2枚
スーツ上下 22600スム(約11ドル)
ジャケット12800スム(約6ドル)
ズボン 1本9800スム(約5ドル)×2本
合計 73000スム(約36.5ドル)

でした。

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今日は、友人の英語教師に誘われて小学校の英語の試験の試験官みたいなことをしてきました。朝7:30に集合だったので早かった。お昼には終わりました。

JICAの活動外だったので、午後は丸々空いてしてまって、活動に行こうか迷ったのですが、手持ちのドルが無いのと、色々と平日にしかできない用事を思い出したので、帰宅。

まず、通帳とパスポートを持って銀行へ。ドルを下ろして、そのままスムに両替。札束を抱えました。(日本だと、ATMで済むような用事ですが、こちらでは身分証と通帳を持って本行まで出向き、ものものしい警備を抜けてアカウンタント(行員さん)に会わないといけないので、結構な用事)

その後、念願かなってヒムチスカ(クリーニング屋)へ!

実は、半年くらいずっとクリーニングに出したい、出したいと思いつつ、まだ大丈夫かな・・などと思って先延ばしにしていたのです。平日の夕方までしか空いていないし、日曜は休みなので、ほんとに行く時間がなくて。まとまったスムがあってなんらかで出勤していない今日こそは、ということで。

で、クリーニング代金がうろ覚えだったので改めて冒頭でメモしてみました。やっぱり高いです。スーツ上下が1000円、ワイシャツ一枚550円なので。こちらの物価は結構わからなくて、タクシーに100円で乗れたり、きゅうりが1キロ100円で買えると思ったら、クリーニングが1000円だったり。日本のクリーニング店は競争なので、ポイントカードがあったり割引日があったりして、看板もにぎやかですが、こちらは競争が無いぶん、地味です。クリーニング店も地元の人に教えてもらわないととうていわかり辛い場所にあるし。

で、すっかり汚れた衣服をまとめて出しちゃったのですが、1000スム73枚、ほぼ一束使いました。高いのもヒムチスカを避けていた理由のひとつです。だって、手元に100枚しか無いようなときに、一束使ってクリーニング出せませんもの。パンを買うでしょ普通。スムの調達も楽ではないのです。


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自閉な子供→ヒッピー→フリーター→IT会社員→ウズベキスタンで協力隊→無職→近所に就職。今後はたくさん旅をします。ときどき音楽の話題も。

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