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大陸性ステップ 旅と音楽。

旅や音楽の記録。

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近くのスーパーのレジ係りの女性

近くのスーパーのレジに、今までは調子のいいウズベク人のディルショッドが座っていることが多かったのだけれど、この一ヶ月くらい、新しい女性が座ることが多くなった。

歳は、そんなに若くない。たぶん30代で、黒髪だけど顔立ちは白人。ウズベク人にもロシア人にも居がちな、よくあるルックス。なんとも物憂げな所作で、気になるけどちょっと話しかけづらい、そんな人。

それまで一度も話したことが無かったのだけれど、昨日はたまたま、スーパーに客が一人もいなくて、ディルショッドと例の女性が暇そうに喋っていたタイミングだったので、3人で立ち話することになった。

始めはロシア語でお互いに話していたのだけれど、途中から英語になって、驚いたのは彼女の英語がとても高いレベルだったこと。私のインチキ英語などに比べても数段高いレベル。

「私は○○大学で、ロシア文学と英文学を専攻したの。大使館でも働いたわ。」

この国では多くの人が大学で専門分野を学んでいる。でもだからといってキャリアに恵まれているわけじゃなくて、乗った白タクの運転手が、経済学で修士を取っている自称エコノミストだったり、知り合いの運転手がタシケントで一番良い医大を卒業した歯科技工士だったり、事務的な仕事をおもにしている同僚が博士を持っていたり。大卒で文学を専攻した外国語に堪能な女性が夜のスーパーでレジを打ってるのもあまり珍しいことじゃない。

私の勤務する7年制の医科大学では、奨学金で学費免除で学べるかわりに卒業後3年間国で定められた病院で勤務しなければならないことになっている。大学の豊富さと、奨学金の良心的な制度はソ連時代から引き継がれたものなのだろう。

「この街に来る外国人はみんなロシア語よりウズベク語のほうが簡単だって言うのよね。」

とレジの物憂げな女性。

「あなたの母語はロシア語なの?」と私。

「私は100%ロシア人よ。母語はもちろんロシア語。それにウズベク語だってわかるし喋れる。」

「母語がロシア語なんてラッキーなことだよ。もしもロシア語以外が母語で、後になってから勉強するのは呆れるくらい大変なんだから。」

「そんなこと言ったって日本語はどうなのよ。ロシア語のアルファベットはたったの33個だけじゃない。日本語はあの難解な象形文字(イエログリフ)が何千とあるわけでしょう?それこそ大変じゃない」と笑う。

この国で高等教育を受けた人の知識の広さには舌を巻くことが多い。これもソ連時代の恩恵なのかな。ある日、ロシア語教師のサフィアさんと話していて、彼女がチェーホフの数ある短編の内容を殆ど記憶していることに驚いた。

「全部覚えているんですか、すごいですね?」

サフィアさんは呆れたそぶりで肩をすくめ、言う。

「タロー、ソ連の文学部ではね、フランス文学、ドイツ文学、イタリア文学、もちろんロシアの文学、15世紀から20世紀にいたるまで世界中の文学を全部読まされるわ。もちろん日本の文学だって読んだ。芥川、三島、村上龍に村上春樹、アベコーボー。テストでは、文学の一部分を読まされて、その出典を述べよ、と言われるの。三回間違えたら落第なんだからね!」

ソ連時代に関してはいろいろな話を聞くけれど、教育は素晴らしいものだった、というのはなんとも納得できる話だ。
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独立記念日のお祭りを見ながら



9月1日はウズベキスタンの独立記念日です。8月31日の夜には、独立記念広場で大規模なイベントが行われ、テレビで中継されるので、この日に限ってはウズベク語チャンネルを見ます。


国歌斉唱

夜7時くらいから9時頃まで、大きなステージで歌と踊り。民族音楽、歌謡曲、子供によるダンス、オペラ、軍によるパレードも。とても綺麗です。ウズベキスタンを代表する音楽家が次々と出てくるので、音楽も素晴らしい。こういう、国が主導した歌と踊りの祭典、って日本ではあまりやらないと思う(あるんでしょうか?)けど、やればいいのに。


ミリタリーパレード

エンディングには花火があがりますが、8階の我が家からは花火の実物も見えます。テレビの画面で花火が上がったので窓の外を見ると、同じ花火がゆらゆらと上がっていて、ああロマンチック。こんなにいい暮らししてもいいのかしら・・・




すごい歌手(たぶん)

昨年も独立記念日の特番を見ながら涙腺が緩んでしまったのですが、民族の団結とか、民族皆の喜び、といった演出に私は弱いんですね。

カリモフ大統領も大変お元気そうで、会場を練り歩き、踊っていらっしゃいました。周辺諸国で色々騒ぎがある中で、ウズベキスタンが比較的平和で安定しているのは、カリモフ大統領の求心力によるところも大きいのでしょうね。

まだ独立から22年、若い国だと思います。末永く発展して欲しいです。



ところで、最近また隣のトュルク系民族、民族も言語もウズベク人に近い関係にある、ウイグル人のあたり(中国の新疆ウイグル自治区)で騒乱がニュースになることがあります。ウイグル自治区の独立派の人にとっては、隣のウズベキスタンが22年目の独立を華やかに祝っているのは、歯噛みするようなことなんでしょうか。

ウズベキスタンには、長いソ連時代がありましたが、ソ連時代にソ連邦から独立したくてしょうがなかった、という感じだったのでしょうか。いろんな人にソ連時代の話を聞きますが、ソ連時代を悪く言う人はあまりいなくて、むしろソ連邦の一員として大国として君臨していたことを誇らしく思っている、という節さえあります。もちろん私が知らないだけで独立派という人たちはいたのでしょうが、多くの人が独立のために何かしていた、ということは無いみたいです。

今、ウイグル自治区やチベットは中華人民共和国の一部になっていますが、ソ連時代の中央アジア人と違って、中華人民共和国の一部であることに誇りを持てないし、早く独立して自分の国を持ちたいと思うならば、ソ連と中国の違いは何だろうな?と思いました。

中国は今や経済大国で、インフラ整備などでその恩恵も受けていると思うんですよ。それでも許せない何かがあるのだとしたら、それを知りたいなぁ、などと思った8月31日の夜でした。


VPN進捗

Client-LAN VPNをテストしはじめて、選択肢としてはL2TP With IPsecと、PPTP With MPPEがあった。

クライアントはまずは設定が楽なスマートフォン(Beeline SIM)から。

L2TPは失敗。どうしても繋がらない。
PPTPはあっさり成功。ちゃんとルーターに接続してインターナル向けのポータルが見られた。
(追記、BeelineでもUcellでもIPhoneからのVPN接続はできた)

とりあえず、BeelineでスマートフォンでPPTP接続をすればクライアント側がプライベートIPでも成功するってことがわかったので安心。

次はノートPC+3GモデムでPPTP接続をためす。失敗する場合はキャリア(Beeline,Ucell)なり回線業者(Uzonline)なりのNATで、VPNのトンネルを通してくれてないって可能性があるので、その場合はどうしようもないのだな。

次にすることは、
・WIN用VPNクライアントを探す。
・ノートPC+UcellモデムでPPTP接続を試すこと(WIN付属のユーティリティと、どこかのソフトウェアで)
・iPhoneでL2TP接続をためす
・成功したらノートPCでL2TP接続をためす
・最終的にTas-IX環境下からL2TPまたはPPTPでポータルに接続することが目標
・もしもTas-IXが無理でもUcellかBeelineでポータルが見れたらそれでもよい

ーーー

UcellとかBeelineでちゃんとNATを経由させてくれることを考えたらまぁ、できるってことなんだろうな。

ーーー

別の選択肢として、メインルーターにPPPoEサーバ機能っていうのがあって、いっそVPNやめてそれ使って全拠点から大学にPPPoEでつないでもらうっていうのもアリなのだよな、(昨日気づいた)。

全然ウズベキスタンと関係ないことばかり書いててすみませぇーn!

2番目の選択肢でとりあえずすすめる

こちらのISPや携帯キャリアが加入者にプライベートIPアドレスを払いだしている件でちょっとびっくり&計画が変更を余儀なくされているのだけれど、加入者にプライベートIPアドレスを出しているのは日本のケーブルTV系とか携帯キャリア等でも、よくあることだったらしい。

こちらのISPに問い合わせをしてみたが、どうやらプロバイダーとしても持っているIPアドレスレンジが狭く(まったく、占有してる国はどこだー)、加入者にいちいちグローバルIPなんてもってのほか、という印象。

グローバルIPとプライベートIP間でLAN-LAN VPNを確立できないか、ネットの情報等も探してみるつもりだけれど、当面は、Client-Server VPNでとっとと実現しちゃうことに注力する所存である。

(あー休みほしい)

加入者にプライベートIPアドレスが配布されるISP

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作業内容としては、モデムをブリッジモードに変更、ルーターを接続、ルーターからPPPoE接続、まではなんとかした。(途中ZTEのW300というモデムの仕様がわからなくて焦ったけど)。しかし、大きな問題が。

この国ではDSL接続でPPPoEつないでも、払いだされるアドレスがプライベートIPアドレスだった。

これは予想外。焦って手持ちの3G モデムなども見てみたけれど、どれもユーザーにはプライベートアドレスが付与されるようだ。でも、LAN-LANのVPNをグローバルIP同士で構築しようとしていたので、プライベートIPアドレスでは実現できない。プランがひっくり返っちゃう。

LAN-LAN間のVPNで片方がプライベートIPアドレスなんて聞いたことないけど、もしかしたら実現する方法もあるかもしれない? DDNSを使えば、とアクバル君に言われたけど、DDNSだって裏側が動的Privateアドレスでは同じことだと思うし。

こうなったらLAN-LANのVPNはあきらめて、Client-LANのVPNを構築するように計画を変更するしかないかな、などと、思いあぐねています。

いちおう、報告としては、15拠点に固定、グローバルIPアドレスが欲しいと言ってみたけれど、この国ではグローバルIPが一般に付与されることは稀なことらしく、難しいんじゃないかということだった。

日本では加入者にも普通にグローバルIPが付与されるので盲点だったなあ。

オルタネイティブな手段として当面はClient-LANのVPNを検討してみましょう、と言った。LAN-LANに関しても今後調べてみるつもりだけど。

休日出勤で作業

ルーターのテストに使う回線が、日曜日でないと使えないと聞いて、日曜に出勤。学校の警備員さんに止められたりしつつ。

約束の時間になっても全員は集まらず、ディレクターは不機嫌だった。

待つこと1時間、やっとテストできると思ったら、

「回線は今、ここには無いから徒歩五分の場所にあるリツェイにいってくれ」とのこと。

私は、今回はテストだし、メインルーターとサブルーターの両方をいじれないと困る、と言ったけれど、無いものは無いのでしょうが無いのだった。

まったくもう。

夏休みになって職員が居なくなってからなら何でも作業していいから、といわれて夏休み返上しているのに、テストできるのは1日だけだわ、回線は別の場所に移動されているは、全然話が違う。

仕方が無いので炎天下を3往復もしましたとさ。

---

私がテストをするための回線のある部屋、は、大学付属のリツェィ(高校)の一角にあり、その部屋を開けるために、2名のスタッフも出勤していた。そのスタッフたちの態度にもむかついた。

大声で喋るし、音楽をかけるし、挙句いつ終わるのか? 何時間かかるのか?と聞いてきて、2時間くらいの予定だけど、検証は予定通りいくとは限らないし、決まってません、というと、あからさまに面倒くさそうな顔をされた。そりゃ、日曜に働きたくないのはわかるけど、中学生じゃあるまいし態度に出すんじゃねえ。

私だって好きで日曜に出てきたわけじゃないし、日曜じゃないとやってはいけないと言われて出てきているのに、迷惑そうにされるいわれは無い。そのうえ、これは私の趣味でやりにきたプロジェクトじゃなくて、君たちのプロジェクトで、私は請われて手伝いに来ているだけなんだから、他人事に付き合わされて迷惑してるみたいな顔をするのはヤメロ。

この国の人はけっして怠け者じゃなく、すっごく働く人も多くいて、そういう人はそれなりのポジションについていることも多いのですが、何も物を考えないで、上に言われたことだけしてるような人は悪いけど出世しないなぁと、思った。今は既得権益でわりと仕事を与えられているかも知れないけど。

つづく

突然始まってしまったプロジェクト

学生たちが休みに入り、先生たちももうすぐ一斉夏休みでそわそわし始めた7月1日、ついに、機材が運び込まれたのでした。一年間、お預けされていたプロジェクトで使うルーター機材。この職場では、そんな風に突然何かが始まったりすることは多いです。私としては心の準備みたいなのが無く、いきなりにして「今月中に検証できるかな?」などといわれるので相当狼狽しました。でも顔は平静を装って、「まあいけるんじゃないですか」などと返事をして。

実をいうと自分も他の職員さんたちと一緒に長期休暇を取れるつもりでいたので、混乱しましたが、一年間お預けされていた本来の、私のプロジェクトだもの、そこは先延ばしにはできないし、職員さんが休みのうちにやってしまえるのであれば、失敗したときのインパクトが少ないのです。

今日は、要(かなめ)になるルーター機材の入れ替えを行いました。まだ仕事をしている職員さんがいるので、配慮して業務終了後の午後5時から作業開始ということにして、午後から出勤しました。

ルーターをセッティングして、設定して、つなぎかえ。

この作業、失敗すると学校の全部のPCが使えなくなってしまうので、すごく、責任が重く、ナーバスな作業なのです。DNSだと言われていたサーバーが実はDNSじゃなかった、というトラブルがあったものの、それ以外には何もなく無事に切り替えが済んで、8時頃に作業を終えたときには安堵のため息でした。

この業界で10年くらいやっているけれど、こういった重要な作業はやはり、数時間だけなのにどっと疲れます。

しかも、そんな重要な作業なのに、あらかじめスケジュールが決まっていたわけでもなく、「機材もそろったし、じゃあやってみようか」みたいな軽いノリでやってしまったこと、結果的にきちんと動いたので、テストのはずだったけど、そのまま本運用になってしまったこと、などは、日本ではあり得ないことで、ウズベキスタンだなぁと思います。

それにしても無事に終わってよかったわ~ ビールうめぇ

いちおう、今日の作業メモ

ルーターの設定
WAN,LANの設定
DHCPサーバの設定
DHCPの例外を設定(DHCPリースアドレスの範囲内に、一台サーバがあるので、その1IPだけを固定的に例外に設定)
Firewallの設定
プロキシサーバからアウトバウンドのアクセスの許可
その他ローカルクライアントからインターネットへの直接アクセスの禁止

クラスCのプライベートアドレスを利用しているが将来的にアドレスが足りなくなる可能性があるので、クラスBへの変更をアドバイス
DHCPは既存のサーバがあるが、将来的には新ルーターのDHCPを使うことをアドバイス

こんなかんじ~

今後の予定としては

WAN2を有効化する(電子ライブラリなどに使うための回線が別途存在しているので)
そのためのヒアリングとプラン
サブルーターからVPN接続のテスト

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自己紹介

自閉な子供→ヒッピー→フリーター→IT会社員→ウズベキスタンで協力隊→無職→近所に就職。今後はたくさん旅をします。ときどき音楽の話題も。

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