ちょー簡単に書いたウズベキスタンの歴史です
ウズベク人には、いろんな肌、髪や瞳の色があって、カラフルで素敵だと思う。
そういう話を友達の女子にしてみたところ、そうなのよー、と教えてくれたのは、元々ウズベクの祖先は金髪青い目の人々で、その後13世紀のモンゴル来襲でモンゴロイドが混ざって以来、黒い目、黒い髪が多くなったのよー、という話。
うん、わかるんだけど、そんなにシンプルな話なのかな?!
UJCで出会って少し話しをした、英語の得意な男性も、同じようなことを言っていた。ダークスキンでブラックヘアーであることをちょっと自虐的なニュアンスで言っていたのが印象的だ。
ウズベク人がテュルク系の中でもコーカソイドが強いのは、子供の色が薄いのでもわかる。マハラにいたときに見た幼児たちは、金髪、白い肌、薄い瞳の率が高かった。それが大人になるにつれ段々濃くなってゆくのだそう。
それで、すっごく簡単にこの辺(サマルカンドあたり)の歴史のおさらいをしてみた。(歴史が専門ではないので、間違いがあるかもしれませんよ。)
紀元前頃からこの辺に住んでいたのは、現イランあたりから来たアーリア人で、ソグド人(のちのタジク人・ペルシャ系)と呼ばれていた。彼らはオアシスに定住するゾロアスター教徒だった。
8世紀、アラブ人が来てイスラム化された。(混血した)
9世紀、テュルク人(遊牧民)が南下して来てテュルク化された(混血した)
テュルク化といってもソグド人とテュルクは同居していた
13世紀、モンゴル来襲(混血した)
14世紀、ティムールおじさん
19世紀、ロシア帝国が来た(混血した)
今に至る
インドなどだとアーリア人は白人と言われているので、友達が言っていた白人のご先祖というのはこのソグド人のことなのかな。そこからアラブ、テュルク、モンゴルが混血して最後にロシアもちょっと混血して今に至るのなら、全員ハーフの子みたいなウズベク人の人種的特長も納得感があると思う。今、ウズベクとタジクという民族が共存しているのも説明できますね。
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それにしても、テュルクと言われる人々のことでわからないことはたくさんある。
中国の新彊に住むウズベク語そっくりなウイグル語を話す集団とウズベク人の関係とか
→昔はウズベキスタンからあのへんまで一つの大きな国だったの?
キルギスやカザフに住む日本人そっくりな見た目でテュルク語を話す集団の出自とか
→元祖テュルクっていうのはああいう人たちだったのか、モンゴルが混ざって後にああなったのか
トルコ系言語を話すのでテュルクと呼ばれてはいるけれど、テュルクというのはけっこう大雑把な、いろんな人種の同じ言葉を話すグループを総称した呼称のようなので、同じ民族とか人種として考えるのがそもそも間違いなのかも。たとえると中国・韓国と日本を東亜細亜族と呼ぶようなもので。
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