大陸性ステップ 旅と音楽。

旅や音楽の記録。

11/1

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とうとう、滞在最終日になってしまった。明日の朝早く、新幹線で上海を離れることになっている。



昼は、現地の青年に教えてもらった新天地というエリアに行ってみることに。外国人向けのカフェーやホテルが多くて、楽しいよ、と聞いていた。地下鉄10号線で新天地の駅へ。あてずっぽうで歩き始めたけど、どんどん生活臭のある泥臭いエリアに入っていくので不思議に思っていたら、まったく逆側に歩いていってた。こういうとき、独りだと自由でいいな。誰かを引率してる時なら怒られてしまうだろう。偶然迷い込んだだけだけど、そのとき歩いたエリアは、古きよき上海というのか、私の記憶にある上海の姿そのままだったので、喜んで写真を沢山撮った。生臭い匂いがして、露天で生肉を売っていて、蘭州ラーメンの店には近隣の人々が群れていた。それと、上海の中心地ではあまり見かけない、路上の乞食もいたので、数元あげた。乞食といえば、人民元の最小単位、1分硬貨というのがあって、実質使われていない硬貨なのに、銀行で両替したときだけそれを貰ってしまう。貰っても使えないから乞食にあげたいんだけど、さすがに1分だけあげるのも気が引けるので、1元硬貨があるときに、元と角と分を混ぜてあげたりしていた。



道に迷いながら古きよき上海を小一時間散策して、新天地駅に戻ってきた。本当の新天地に行こう。ハングルを話す、一眼レフを持った旅行者を急に見かけるようになったので不思議に思っていたら、大韓民国臨時政府跡地の看板を見つけた。上海に韓国の臨時政府があったってこと、知らなかったので行ってみることに。参観料を払って中に入ると、ガードマンのおばさんがハングルで何やら命令するのでなんだろうと思うと、靴にビニールをかけてくれとのこと。中国語とかハングルで言われても、私には解らないけど、日本人ですからって自己紹介する場所でもないし。臨時政府跡地は内装も外装もレトロで、フォトジェニック。私が出ようとすると観光人の団体客がゾロゾロと入ってゆくのが見えた。説明書きをよく読んでみると日本に占領されていた時代の韓国から亡命してきた政府だったということで、なんだか後ろめたい。



新天地にはアップルストアもあって、日本で言うと銀座みたいな、一目で高級とわかるエリアだった。さっき、間違えて迷い込んだ駅の逆側のエリアのほうがずっと好みの風景と匂いだった。



夜は、ビールをあちこちで飲みつつ、最後の外灘の夜を眺めに。建物をひとつひとつ見ていると、美しさに見とれてしまって、次々とシャッターを押した。建物を撮影しているのに、美人のピンナップを撮影してるような気分になってきた。少し、泣きたい気持ちにもなった。離れたくない上海。でも住むには厳しい上海。結ばれない恋人とのひとときの逢瀬みたいだった上海の日々。もう来られないかもしれない場所。どんな場所も一期一会で、チャンスが無いまま再訪できない場所もあるんでしょう。



Boddingtonsへ寄ってビールを飲んでると、前に座ってた上海人の女性とオーストラリア人の男性のカップルと話が弾んで、色々と話をした。男性は、オーストラリアで漁業をやっていたが失業して上海にやってきて、ギャラリーをオープンして上海に住みはじめたとのこと。外灘は忙しいエリアだけど、浦東に住むようになったら静かでいいぞ、って勧められた。上海人の女性とその弟さんとも話をして、ふたりとも、北京語の教育をちゃんと受けていない世代みたいで、北京語が殆ど話せない。でも、日本の津波被害を心配してくれたり、タバコを勧めてくれたり、いい人たちだった。どういう流れでそういう話になったのか忘れたけど、女性が香港に行ったときに困っても誰も助けてくれなかったけど、上海人は優しいから、困っている人がいたら助けてあげる。上海人は人がいいよと諭された。男性は、北京では隣組が強いので、北京人はなかなか思ったことを口にできないみたいだけど、上海人はオープンだよと教えてくれた。たしかに、上海の人は寄ってたかって助けてくれる印象があるね。

暫くすると、浦江に泊まってるのであろう数人の白人の若者が店に入ってきて、ピザを頼んだりジュースを飲み始めた。身体は大きいけどまだ十代に見える幼い子たちだ。そのうちの、目をキラキラさせた男子がこちらにやってきて、私と一緒に飲んでいたオーストラリア人の男性に「Excuse me sir, Where are you from ?(あなたは、どちらから)」って尋ねた。多分、異国でアジア人に囲まれてビールを飲んでる白人男性の素性に興味があったのかな。私も、旅をはじめた10代の頃には、よく色んな人にそんなことを聞いていた気がする。中国の列車に乗り合わせた貧乏そうな白人グループに聞いたら、ロシア人だったり。東北に向かう列車だったので、あとで考えると当然なのだけど、当時は聞かないと分からなかったから。なんだか昔の自分を見ているようで妙に可笑しかった。上海は、昔も今も人種や国籍、世代を超えて人々が交差する場所なのかも知れない。



参考リンク
大韓民国臨時政府 - Wikipedia
ザ・バンド・ブルワリー 上海外灘啤酒総匯
浦江飯店

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自閉な子供→ヒッピー→フリーター→IT会社員→ウズベキスタンで協力隊→無職→近所に就職。今後はたくさん旅をします。ときどき音楽の話題も。

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